二つの時計
私がこの話をする時、いつも思い出すのは「二つの時計が同時に鳴っている」という感覚です。
一つは、事業の時計。近年、売上高が大幅に減少し、収益構造の抜本的な見直しが迫っていました。生活様式の変化で需要が変わり、輸入品との価格競争も激化。このまま手をこまねいていれば、先細りは避けられない状況でした。
もう一つは、私自身の時計。高齢を迎え、事業承継の問題が待ったなしの状態になっていました。後継者候補は社内にいましたが、経営者として育てる時間は限られています。
「売上の低迷と事業承継。どちらも先送りにできない。でも、どこから手をつけたらいいのか、途方に暮れていました。社内には『このままでは会社の将来が見えない』という不安が広がっていて、それが一番つらかった。」
「一体的に」という発想
専門家に相談した時、最も印象的だったのは「経営改善と事業承継を一体的に進めましょう」という提案でした。
普通に考えれば、まず経営を立て直してから承継に取りかかる、あるいは先に承継を済ませてから改革に着手する、という順序になるでしょう。しかし、二つの課題を別々に扱うのではなく、一体的に取り組むことで相乗効果が生まれるというのです。
その言葉に希望を感じ、支援をお願いすることにしました。
数字と向き合う
最初のステップは、財務分析と事業構造の診断でした。製品別の原価分析により、利益率の低い商品ラインが明確になりました。
結果は厳しいものでした。長年作り続けてきた定番商品の中に、原価割れのものがあった。伝統を守りたいという想いと、経営の現実との間で、難しい判断を迫られました。
しかし、「守るべき伝統」と「変えるべき慣習」は違う。数字を見つめることで、その区別が明確になっていきました。
中期の経営改善計画を策定し、高付加価値製品への注力と新たな販路の開拓を柱としました。法人市場への参入やECチャネルの活用──これまで考えもしなかった選択肢が、計画の中に盛り込まれました。
後継者との協働
経営改善と並行して、事業承継のプログラムが始まりました。
後継者に対して、経営者育成プログラムが設計されました。経営会議への参画、各部門の業務体験、外部研修への派遣。段階的に経営権限を移譲するスケジュールも作成しました。
正直なところ、後継者を「経営者」として見ることに、私自身が最も抵抗を感じていたのかもしれません。いつまでも「うちの若い者」という目で見てしまう。しかし、プログラムを通じて一つひとつの経験を積んでいく姿を見て、意識が変わりました。
「後継者が初めて経営会議で自分の意見を述べた日のことは忘れません。私とは違う視点、違う言葉で会社の未来を語る姿に、『任せられるかもしれない』と初めて思えました。」
新旧が交わる理念づくり
経営改善と承継を一体的に進める象徴的な取り組みが、経営理念と中期経営戦略の策定でした。
私と後継者が協働して、新たな理念を作り上げていく。伝統の技術を守りつつ、現代のニーズに応える製品開発方針を明文化する。このプロセスは、世代間の対話であると同時に、旧世代と新世代の経営哲学の融合でもありました。
完成した理念を全社員と共有した時、ある古参の職人が声をかけてくれました。
「これなら安心して新しい体制についていけます。」
その言葉に、胸が熱くなりました。
変化が生んだ成果
経営改善計画の実行により、数年で営業利益が黒字転換を達成しました。高付加価値製品ラインの売上構成比は大幅に拡大。EC販売チャネルの構築により、新しい顧客層の開拓にも成功しました。
金融機関との返済条件見直しも成立し、資金繰りが安定化。経営の足元が固まったことで、将来への投資に目を向ける余裕が生まれました。
そして、後継者は役員に就任し、将来の経営交代に向けた体制が着々と整っています。
未来を託す
「売上の低迷と事業承継という二重の課題に直面し、どこから手をつけるべきか途方に暮れていました。経営改善と承継準備を一体的に進めていただいたことで、会社の将来に明るい見通しが立ちました。後継者も経営者としての自覚が芽生え、社員も前向きに変わってきています。」
会社を立ち上げた時の想いは、「良いものを作り、人の暮らしを豊かにしたい」というシンプルなものでした。その想いは、形を変えながらも次の世代に受け継がれていく。
伝統は、ただ守るだけでは守れない。時代と共に進化させてこそ、本当の意味で「守る」ことができる。後継者と一緒にその答えにたどり着けたことが、この支援で得た最大の財産です。
※本事例は、当社の支援内容をわかりやすくお伝えするために内容を一部調整しています。